ガラスの棺 第12話


ピーッピーッピーッ
警戒を示す音が鳴り響き、何事だろうと辺りを見回した。最初は誰かが不法侵入したのだろうと考えたが、ここの警報装置の音はこんなに小さくは無いし、こんな音でもない。では何だろう?と疑問に思いながら音源に向かって行くと、テーブルに置かれた携帯が発生源だった。
だが、今この携帯の持ち主はここにはいない。
そういえばこの携帯は、先日もおかしな音を鳴らしていた。
画面の表示は特に変わっていないから、電話でもアラームでもないらしい。
持ち主は今入浴中で、あと10分は出てこないだろう。
だが、先日のあの様子から考えても急いで知らせた方がいい。
ちょっとした悪戯心から足音を殺し、浴室へ向かう。
とはいえいきなりドアを開けるほど悪趣味では無いから、ノックをしようと手をあげた所で中から声をかけられた。

「何かあったのか、アーニャ」

まさか気付かれているとは。
流石というべきか、私に勝っただけの事はある。

「携帯、また警報が鳴ってた」
「何!?」

言うが早いかジェレミアは慌てて浴室から姿を現した。
慌て過ぎて隠す物を隠し忘れている。
この男らしからぬ失態だ。

「濡れたまま触る?」

携帯電話はあくまでも機械。
防水加工はされているはずだが、絶対だとは言い切れない。
ハッとなり正気を取り戻したジェレミアは、婦女子の前で全裸という状況に気付き、顔を真赤にして慌てて扉を閉めた。

「す、す、すまないアーニャ」
「いい、私は気にしない」

いい年をした男が娘に見られて動揺する姿はなかなか可愛らしい。
あのまま堂々としていたら急所を蹴りあげている所だが、ジェレミアに関してはその心配はなさそうだ。一旦脱衣室を出ると、ジェレミアが慌てて浴室から出る音が聞こえた。慌てすぎて何かにぶつかり落とした音がする。
やはりこの警報、何か重大な意味があるらしい。
バスローブを身につけ、出てきたジェレミアに携帯を渡すと、慌てて何やら操作をした後その顔を歪めた。
それは紛れもなく怒りだった。

「アーニャ、私はしばらくここを離れ」
「ついて行く」

ジェレミアの、アーニャと果樹園を捨てようとする発言を、切って捨てた。

「は?」

一瞬何を言われたのか解らなかったジェレミアは、間の抜けた声を出した。

「私も行く。一緒に」
「だがアーニャ」
「理由は必要ない。ジェレミアが動くなら、私も動く」

それだけだから。

「・・・いいのか、その選択を後悔しても後戻りはできなくなるが」
「いい。ついていかない方が後悔するから」

そうか、とジェレミアは頷いたあと、警報が何を示しているか教えた。
先日の警報は、ルルーシュの墓が荒らされた事を知らせていた。
確かにその後、ルルーシュの墓が暴かれたとニュースで見た。
今日の警報は、あの時ルルーシュに与したものを呼ぶ召集の合図だった。
きっとルルーシュの墓に関する事だろう。
彼らが集まるなど、ルルーシュの事以外では考えられないから。
ならば、後悔することなど何も無い。
だが、二人揃ってここを離れると言う事は、この果樹園を捨てると言う事。
折角美味しく実り始めたオレンジたちはこのまま放置されてしまう。
それだけが心残りだった。
アーニャの心配に気付いたのか、小さく笑いながらその頭を撫でた。
子供扱いされているのだが、ジェレミアが相手だと嫌な気はしない。

「ここの事は、頼む当てがある」

元々農業と縁遠い生活をしていたジェレミアにオレンジ栽培の基礎から教えてくれた近隣の人たち・・・ジェレミアの元領地の人たちに任せるのだと言う。
先祖代々守り抜いた土地の大半はルルーシュが悪逆皇帝となった時にブリタニアに返還された。そのときに彼らはもうゴッドバルト家の領民ではなくなったのだが、それでもジェレミアたちに良くしてくれた。
ここに来た時は大変だった。
怒り狂った一族の者たちに、ゴッドバルト家の名に泥を塗っておきながらよく戻ってこれたものだ、なぜ悪逆皇帝に仕えた、何をしに戻ってきたんだと詰め寄られたが「すまないが、答えることは出来ない。たとえ皆に何を言われようとも、私はルルーシュ様にお仕えしたことを誇りに思っている」と頑なに拒み続けた。
真実を話すことは出来ないが、皆を騙すことも出来ない。
不器用な男のバカ正直な態度にアーニャは呆れたものだが、それが結果的に良かったのだろう。幼い頃から国に忠誠を誓い、それを誇りとしてきたあのジェレミアがここまで言うのだから、もしかしたら深い理由があるのかもしれない。そう結論が出された。
ジェレミアは領地と財産の殆どを一族に明け渡し、残った僅かな土地・・・それでも農園ができる広さの土地と屋敷だけ手元に残した。そこはオレンジが栽培されていた元果樹園で、2年近く放置されていた場所だった。ジェレミアのオレンジ事件に腹を立てた一族の者が、あの事件後閉鎖したのだ。手入れがされず荒れ果てていたが、こここそが自分が骨を埋めるべき場所なのだとジェレミアは言った。
そして何も知らない自分にオレンジの栽培を教えてほしいと、この果樹園に関わっていた元領民に頭を下げてまわったのだ。
オレンジ事件で名を落としたというのにオレンジを育てたい。やはりオレンジには何か意味があったのだ、プライドの高いゴッドバルト家の人間がこれほど固執する何かが。そして悩んだ末、元領民たちは「お貴族様にやれるものなやらってもらおう。どうせ音を上げる」と、オレンジ栽培を手伝ってくれた。
その後、生真面目すぎるジェレミアの働きぶりを目の当たりにし、わだかまりは次第に無くなり、今では人手が足りないだろうと手伝いに来てくれるほど。
そんな彼らに任せるのだ、ならば何も不安は無い。
これで心残りはなくなった。
こうして二人は日本へと向かい、そして。

「こ・・・これは・・・っ!!ルルーシュ、様っ・・!」

忠義の騎士は感嘆の声をあげた後、棺に駆け寄ると滝のような涙を流した。


闇夜に紛れ導かれた場所は、嘗て咲世子と死闘を繰り広げたアッシュフォード学園。その地下には、もう二度と目にする事は叶わないはずの主、ルルーシュの遺体が硝子の棺に安置されていた。眠るように横たわるルルーシュは、今すぐにでもその瞼を開き、帝王紫のあの美しい瞳を見せてくれるのではないかと思わせるほど完璧な状態で、この姿に感動するなという方が無理だった。
共に来たアーニャも驚き声を無くした後、携帯でその姿を収めようとしてやめた。
確かに美しいが記録には残してはいけないモノだ。
この姿を誰かに知られるわけにはいかない。

「どうやらジェレミア卿も関係無さそうですねぇ」

予想どおりですが。と、ロイドは言った。
ジェレミアの体はギアス響団によって改造を受けている。そちらのつてでルルーシュの遺体の保存を目論んだ可能性を一応疑っていたのだ。

「ロイド、どういう事なのだ?なぜ陛下のご遺体がこのような状態で!?」

どうやってこのようなお美しい状態を保っているのだ!?

「それが、さーっぱり解らなくて困ってるんですよ。棺を分解できないから細かく調べられないですし。今解っているのは、この中にいれば陛下はこの状態を維持できるって事だけ」
「解らないだと?」
「そ、だーれも知らなかったんですよ、陛下がこうして保存されているなんてね」
「馬鹿な!」
「でも、事実は事実ですよ」

ゼロレクイエム関係者・・・C.C.は未だに連絡は取れていないが、それ以外の人物はだれ一人この状況を知らなかった。

「ではC.C.が・・・」
「可能性はありますが、どうなんでしょうねぇ」
「連絡はとれていないのか?」

ジェレミアの問に、ロイドは肩をすくめ、セシルを見た。

「それが、ブリタニア国内にいた事だけは解っているのですが・・・」

セシルは困ったように眉を寄せた。
C.C.は最初の警報を受信し、ブリタニアへ戻ると連絡をしてきた。
だが、その後完全に消息を絶っていた。
こちらのメンバーが日本に集まっている事さえ彼女はまだ知らない。
ギアス響団とかかわりが深かった彼女なら、この棺の関係者の可能性はあるが、確認のしようがないのだ。

「なんにせよ、今は陛下の安全を確保しなければ」
「といっても僕たちは暫くここで待機ですよ」

ロイドは不愉快そうに言った。
予想通りというべきか、王家の墓の秘密が暴かれようとしているのだ。すぐに動く予定だったが、予想よりも相手の行動が早かった。今動けば気づかれる恐れがあるし、何より移動手段がまだ用意できていない。
先手を打つつもりが、後手に回ってしまった。
スザクとカレンがいれば表層だけ蜃気楼に変えたランスロットと紅蓮を使い強行突破もできるが、流石に目立ちすぎるため、それは最後の手段にしている。
と言うわけで現在はここで大人しく様子見中なのだが、カレンとスザクが神楽耶とナナリーの元に戻っている以上、万が一の時にこちらを守る戦力が足りなかった。だから危険を承知でジェレミアを呼び寄せたのだが、まさかアーニャまで来るとは、嬉しい誤算とはこういう事なのだろうとロイドは目を細めた。
幸いクラブハウス内はすべて分厚いカーテンが引かれている為、大きな音を立てない限り自由に動き回れる。水道もガスも通っているから生活にも支障はない。
食料関係はミレイ達が夜に運んでくる。

このあり余った時間を使いロイドたちは解析を、ジェレミア達は警備と、ルルーシュの新たな墓の場所の選定と移動手段の確保をする事となった。

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